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◆ 動物に関る言葉のミニ辞典 ◆ の過去のお話(魚類2)


話を入れ替えた折、削除した過去の分のお話です。










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  アラを探す
アラの多いサカナ サカナを三枚におろすと、頭と骨が残ります。これをアラと呼びますが、アラの間についているわずかな身をほじくって食べることをいいます。
そこから、他人の欠点や僅かなミスを見つけて指摘することをいいます。

 池魚籠鳥
不自由な身のサカナ 池に飼われているサカナや、かごの中のトリのことです。そこから不自由な身の上をいいます。
「池魚籠鳥に江湖山藪の思いあり」といえば、池のサカナやかごのトリは、大河や湖水、山や沢などの自由の天地にあこがれるのと同じに、 宮仕えの者が田園の閑日月にあこがれるということです。


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 沖の物を獲らんとして岸の物を逸す
sakana14sakana14 sakana14 沖は大漁を、岸は小魚を意味します。
大きな利益を得ようとして、わずかな利益をも逃してしまうことをいいます。

 麦飯で鯉を釣る
鯉 麦飯の米粒で、コイを釣り上げるということから。
わずかな元手で大きな利益を手に入れるたとえです。

 雑魚の魚交じり(ざこのととまじり)
雑魚 弱小者が強大者の中に交じっていることで、身分や能力・知恵の低い者が高い者に交じっていて不相応な地位にいるということです

 魚を得て筌(うけ)を忘る
得たサカナ 荘氏から、魚を取ってしまえば筌(魚とりの道具)を忘れてしまうことから、いったん目的を達成すると、それまで役に立っていたものの恩恵も忘れてしまうものだということです。


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 鯖の生き腐れ
サバ サバは外見は新鮮でも腐り始めていることがあります。
サバの肉は漁獲してから短時間に酵素分解が進むので、人によっては蕁麻疹がでたりする事があるところからこのようにいいます。


 夏座敷と鰈は縁側がよい
縁側がよい鰈 カレイの背びれと腹びれのつけ根を縁側といい、身が締まっていて特に美味しいと珍重されています。
また、 夏の座敷は風通しの良い涼しい縁側がとても良いものです。
この二つの縁側をかけ合わせた風流なことわざです。

 田作りも魚のうち
ごまめごまめ ごまめごまめ ごまめごまめ ごまめごまめ

田作りはゴマメの別名でイワシの幼魚ことです。
ゴマメのように小さな魚でも、魚の仲間に違いはないということから、
弱小で無力な者でも仲間には違いがないということです。


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 恋とはサメのようなものだ。常に前進してないと死んでしまう
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サメの中でも一部のサメは止まっても大丈夫ですが、
外洋を泳ぐ遊泳性のサメは自分の意志でエラを動かせないので
エラを動かす為に、泳いでいないと息ができず呼吸出来ません。
恋愛も常に前進してないと、あっという間に終わってしまうものです。
だから動かないといけないのです。恋は常に前進あるのみなのです。

 鮒の仲間には鮒が王
フナの王 つまらないものの集団では、やっぱりつまらないものが長になるということです。また程度のそうよくないもののなかでは、やはりそのようなものが頭になるということです。

 うちの鯛より隣の鰯
うちの鯛
自分の持っているものより他人の持っているものの方がよいものに見え、
ついうらやましく思うものであるということです。


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 生簀(いけす)の鯉
生簀の鯉 いけすに飼われているコイは、いずれ料理される運命にあるということから、自由を束縛されている身、悪い運命が決まっている、いずれは死ぬべきに運命にあるということのたとえです。

 魯魚(ろぎょ)の誤り
ヤマメ
魯と魚の字は形が似ているので誤りやすいことから、
文字の誤りのことや、書き間違いのことをいいます。


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 小水の魚
命の危険が目の前に迫っているサカナ わずかな水たまりにすんでいるサカナのことです。転じて、命の危険が目の前に迫っているさまのたとえです。

 淵に臨みて魚を羨むは退いて網を結ぶに如かず
淵に面してサカナを欲しいと思ってただみているよりは、帰ってサカナを取る網を編んだほうが良い、ということから、他人の幸福をうらやむよりは、自分で幸福を得る工夫をすべきである、ということです。 鮎

 鯉の一跳ね
跳ねないコイ コイはまな板の上では一跳ねした後じたばたしないことから、あきらめがよい、 死に際がいさぎよい、往生際がよいということで、武士階級に尊ばれたそうです。

 献上ものの鯛
献上もののタイ とびきりいいものを選んでいることから、いかにも姿がいい優れた容姿であることで、人並みはずれた美しさを意味します。


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 山の芋鰻になる
ウナギ
山の芋がウナギになることは決してありえないが、
そのありえないことが起きるということから、
起こることのないことが起きることのたとえです。
思いもよらないほど変化することや、
普通の者が急に出世することをいいます。

 天を指して魚を射る
天を指すサカナ 天を指してもサカナを射るが出来ないように、方法や力量を誤れば目的を達成することができないということ。
また同時に「叶わぬ見当違いな望みを抱くこと」という意味もあります。


 炬燵で河豚汁(こたつでふぐじる)
危険な?フグ 一方では寒さに用心しながら炬燵に入り、一方ではフグを食べるという危険を冒すことで、矛盾した行為をすることのたとえです。

 恵比寿様が鯛を釣ったよう
鯛を抱く恵比寿様 恵比寿顔のように喜色満面、ニコニコとしている様子のたとえです。



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 鉄砲
あたれば死ぬフグ フグはめったにあたりませんが、毒は強くたまにあたれば死にます。鉄砲も実弾に当れば死傷することから、関東ではフグのことを「鉄砲」といい、略称として「鉄」とも呼ばれます。 「てっちり」は鉄(フグ)の入ったちり鍋、「てっさ」は鉄の刺身のことです。

 香餌の下必ず死魚あり
死んだ魚f よい匂いの餌の下には必ず死んだ魚がかかっているように、利益の影には必ず危険があるということ。また利益に誘われて身を滅ぼすことがあるということです。

 一発カマス
一発カマス カマスという魚は餌の小魚や小海老に対してたいへん攻撃的です。
小さいのに果敢に喰らい付いてきますが、そんな習性から相手の機先を制する先制攻撃のたとえとして使われています。

 サンマが出るとあんまが引込む
栄養価がばっちりサンマ 秋のサンマは脂が乗って栄養価がばっちり。食欲の秋にサンマを食べると元気が出て、あんまにかかる必要もなくなるということわざ。「サンマが出るとあんまが泣く」ともいいます。


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 流れる川に大魚なし
流れる川に大魚なし 大きなサカナは川の大きな淵に棲み、流れの早い小さな川には棲みません。
同じように、大人物が活躍できるためには、それ相応の場というものが必要で、その場があってはじめて能力が発揮されるということです。

 魚腹に葬(ほうむ)らる
ゴンズイ 中国故事より、魚腹はサカナのはらやサカナの腹の中のこと。
サカナのエサとなって食われるということで、水死することや水に身を投げることをいいます。

 事が延びれば尾鰭(おひれ)が付く
尾鰭のあるサカナ 魚にはなくてはならない尾と鰭(ひれ)ですが、本体に付属するところから、余計なものの意になりました。
そこから、物事は手早く進めないと、いろいろと余計なことが起こってやりにくくなる、ということをいっています。


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 呑舟の魚枝流に遊がず(どんしゅうのうおしりゅうにおよがず)
呑舟の大魚 舟を呑むほどの大魚は小さな川には棲まないといいます。
そこから大人物はつまらない者と交わったりしないということ。また、大きな志をもつ人物は、細かいことにこだわらないということです。

 干潟の鰯
干潟の鰯 潮が引いて水のないところにいるイワシのことで、手も足も出だせずどうにもならない状態のことをいいます。
自滅を待つばかりの心細い運命のたとえです。

 魚を争う者は濡る
人と争って取り合うサカナ 人と争ってサカナを取り合おうとすると、体や衣服が水に濡れてしまいます。
利を得ようとする者は、苦痛をさけることはできないということです。

 河豚と間男は食い初むと堪忍ならぬもの
河豚 フグを食べることも間男も、一命にかかわることもあるように、一度その味をしめると止められぬほどのものだということです。


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 泥鰌(ドジョウ)の地団駄(じたんだ)
地団駄泥鰌 わずかな足ビレしかないドジョウがじたんだを踏んだところで、じたんだといえるほどのものではないように、力の弱いものがそれを自覚せず強いものに立ち向かうことをいいます。

 鯛知らず
魚の王といわれるタイのことも知らないということで、無知蒙昧な人物のことをいいます。

知らぬ人のないタイ
 地震とナマズ
namazu3 日本では古くから鹿島神宮の大明神さまが、要石という大きな石を使って地下にいる大魚を押さえつけて地震が起るのを防いでいる、と信じられていたのだそうです。 それが江戸時代になって「地下の大魚」が「ナマズ」にとって代わり、浮世絵師がナマズ絵とよばれる風刺画を書いたことで、庶民の間で地震ナマズが知れ渡ったのだそうです。

 水広ければ魚大なり
大きくなるサカナ 水が広ければサカナは大きく、山が高ければ木は高くなるように、人も成功するためには、働く場所がよくなければならないということ。 また、上に立つ者の度量が大きくなければ、すぐれた部下は集まらないということです。


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 呑鉤(どんこう)の魚は飢えを忍ばざるを嘆く
嘆く呑鉤 釣り針を飲み込んで釣り上げられたサカナが、「なぜもっと空腹をがまんしなかったのか」と悔やみ嘆くように、 ことが起きてから、後悔しても手遅れだということです。
後悔は先に立たないということです。


 アンコ型
アンコ型のアンコウ お相撲さんの体型で、丸くてどっしりしていて腹が突き出ている超肥満体型のことです。
お腹にアンコが一杯詰まった鯛焼からではなく、姿かたちが魚のアンコウに似ているからで、つまってアンコ型となったようです。
逆のやせ体型のお相撲さんをソップ型といいます。


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 瓢箪で鯰をおさえる
瓢箪でナマズを押さえようとしても、なかなか捕まえられないように、ぬらりくらりとして要領を得ないことや、とりとめのないさまのことをいいます。

ナマズ

 及ばぬ鯉の滝登り
いくら威勢の良い元気なコイでも急な滝を登るのは不可能だ、というところから、どんなに強く望んでも、とうてい叶わぬ無理なことのたとえとして使われます。 鯉の滝登り
「鯉」に「恋」をかけ、叶えられない高望みの恋愛についていうことも多いようです。


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 鯛も独りは旨からず
美味しいタイ 高級魚のタイのような旨いものでも、一人で食べたのでは美味しくありません。
食事はたくさんの人と食べたほうが美味しいということです。


 水積もりて魚集まる
金儲けできそうなサカナ 水の流れが入って深く豊かな所には、自然にサカナが沢山集まってくるように、金儲けできそうな所には、自然に人が集まってくるということです。

 どじょうすくい
どじょうすくい 安来節の「どじょうすくい」の動きは本来はウナギ獲りで、大阪では屋号が「出雲屋」のウナギ屋が多く、出雲のウナギを使うところからともいわれ、また、出雲地方では盆踊りの後ドジョウを捕る風習があり、これらが融合して出来た動きといわれます。
また、「どじょうすくい」は「土壌すくい」という説もあります。
これは、古来出雲は砂鉄の産地で、砂鉄をとる「カゴで土をさらい水でゆすいで砂鉄を採る」土壌すくいからその振りが付けられた、というもので、 踊り手がザルを持っているのは、砂金採りのように川で砂鉄と砂を振り分けるため、といわれています。



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 ヒラメ社員
ヒラメ社員 ヒラメは海底の砂から目だけを出して、獲物がこないか、危険はないか常にキョロキョロと観察する習性があります。 それが、上司にこびへつらったり、能力以上の出世ばかりを気にしている社員の様子に似ていることからこういわれます。

 魚は殿様に、餅は乞食に焼かせろ
魚焼く殿様ネコ 焼き物のコツを表現した言葉で、適材適所ということです。
お魚は片身を七分どおり焼き上げてからひっくり返すと、身が焼き網にくっついたり身が崩れしないので、のんびりした殿様のように、あくせくしていない人にじっくり焼かせるのがよく、 餅を焼くにはよくひっくり返して焦げないよう万遍なく熱が加わるように焼くのがよいので、お腹を空かせ早く食べたくてしょっちゅうひっくり返しがちな貧乏人に適役ということです。


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 鮟鱇(アンコウ)武者
口ばかりのアンコウ 口では強そうに大言壮語するくせに、内心は臆病で卑怯な武士をあざけっていうことば。あんこうざむらいとも言う。
形ばかりという意味もあります。

 鯔背(イナセ)
イナセなボラ 魚河岸の若い衆のあいだで流行した髪型の形が、ボラの若魚のイナの背ビレに似ていることから鯔背銀杏(イナセイチョウ)と呼ばれていました。 そこから、魚河岸の若い衆のように、気風がよくて、粋な若い人をいうようになりました。

 魚は江湖に相忘( あいわす ) る
相忘るハゼ サカナが川や湖水の中で、水の存在を忘れて無心に遊泳して満足しているように、最も自然な境遇にいてそれを忘れ、何にもわずらわされず自然のままに悠々と生きることをいいます。


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 河豚は食いたし命は惜しし
おいしいフグ料理は食べたいがその毒に当たって死ぬのは恐ろしい。
ある行為に危険が伴っている恐ろしさを思うとなかなか実行できないことをいいます。


おいしいフグ
 アラを探す
アラを探すサカナ アラとは魚を三枚に下したあと残る頭と骨のこと。本来は、このアラの間に付いているわずかな魚肉をほじくって食べることをいいます。そこから、他人の欠点やわずかなミスを見つけ出してケチをつけることを意味するようになりました。

 サメ肌
サメ肌のサメ サメのウロコは小さな突起がたくさんあり、水の抵抗が少なく、早く泳ぐことができます。
その突起のせいでサメを触るとザラザラした手ざわりがあり、そこから、荒れてザラザラした皮膚をサメ肌といいます。 昔はザラザラを利用して刀の柄(つか)などの武具に、今はわさびおろしにも使われています。



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 尾鰭(おひれ)が付く
尾鰭が付くサカナ 尾と鰭は魚本来の付属物ですが、それがさまざまな形で余計に付け加えられ、 あることないこといろいろな事も付け加わり、話が大げさに誇張され複雑になることをいいます。

 網、呑舟(どんしゅう)の魚を漏らす
呑舟のサカナちゃん 網の目が粗くて、舟を呑み込むほど大きな魚を漏らすことから、法律の不備により、大悪人・大罪人を捕らえきれずに取り逃がしてしまうことをいいます。

 とかくメダカは群れたがる
小物はメダカのように群れで行動したがるということ。一人で行動する度胸も知恵もない、弱いものは群れるのです。 目高達目高達目高達目高達

 以魚駆蠅(いぎょくよう)
サカナでハエを追わないで! サカナでハエを追うとすると、かえってますますハエが寄って来てしまいます。そこから、物事の処理や解決に間違ったやり方・方法を用いることをいいます。


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 大魚(たいぎょ)は小池(しょうち)に棲(す)まず
小池に棲む魚 大きな魚が小さな池に棲まないように、大人物はつまらぬ位置であくせく働かないものだということです。
不遇な人を慰めるための諺でしょう。

 轍鮒の急(てっぷのきゅう)
フナ 差し迫った危険、また、差し迫った困窮のたとえで、「轍鮒」はわだち(車輪の跡)の水たまりにいるフナのことで、以下のような荘子の故事に基づきます。
貧しかった荘子が知人に穀物を借りに行ったら「近々入金予定があるからその金を貸してやろう」と言われました。そこで荘子は言いました
「ここへ来る途中、わだちの水たまりでフナがあえいで、私に水を恵んでくれと言う。そこでこれから呉越の王を訪ねるところだから、着いたら揚子江の水をせき止めて迎えにこようと言うと、 フナは『わずかな水さえもらえればそれで命がつなげるのに、そんな悠長なことを言われても迎えを待っていたら、干からびて干物になってしまうではないか』と言って怒った。今の私は同じ心境だよ。」

 鯖折り(さばおり)
活きがいいサバ 相撲では、両手で相手のまわしを引きつけ、自分の上背と体重で相手を圧して、相手の腰をくじいて押し倒す決まり手。
サバは傷みやすいので、鮮度を保つには釣り上げたらその場でエラに指を入れて首を折って血抜きをします。相撲の決まり手がこの様子に似ていたのでそのような決まり手の名前になったのでしょう。


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 鰯(イワシ)の頭も信心から
鰯(イワシ)

イワシの頭のようにつまらないものでも、不思議な力がやどっていると信じてしまえばそれなりの価値が出てきて、ありがたいものに見えてくる、ということです。
近世以降より、節分にはイワシの頭を柊(ひいらぎ)の小枝に刺して、戸口に挿す風習が行われるようになりました。鬼の嫌いな柊のトゲとイワシの臭気で退散させようとしたらしいです。ここから、つまらない信仰の代表としてイワシが使われ、さらに値打ちのない頭でつまらない意味を強調したようです。

 木によって魚(うお)を求む
サカナちゃん 木に登って魚がいないかと探すこと。やりかたがまちがっていれば、どんなにがんばっても目的は達成出来ないということ。
また出来そうもない望みをもつことをいいます。

 ごり押し
haze 相手に圧力をかけ、自分の主張や要求を強引に通すこと、抵抗があるところを強引に推し進めるという意味です。
ゴリは典型的なハゼ類の形をした淡水魚でその漁法をゴリ漁といいます。ゴリは吸盤状の腹ビレで川底にへばりつくように生息するため、漁の際には網が川底を削るように力を込めて引いたり、無理やり追い込む必要があります。このゴリ漁が、「ごり押し」の語源となったといいます。


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 若鮎
三月ごろ川を上ってくる、若くて勢いのよいアユのこと。ピチピチワカアユ
そこから、若くぴちぴちした人の姿の形容としても使われます。

 魚の目に水見えず人の目に空見えず
サカナちゃん 水中の魚には水が見えず、人には空気が見えないと同様、余りに身近なものは大切なものであっても気づかれにくいということです。

 魚心あれば水心
魚心あるサカナ

魚に水と親しむ心があれば、水もそれに応じる心を持つという意味で、相手が自分に対して好意を持てば、自分も相手に好意を持つ用意があるということです。


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動物に関る言葉のミニ辞典作成に際し、以下を参考にさせていただきました。
三省堂:広辞林、TBSブリタニカ:ブリタニカ国際大百科事典、角川書店:新国語辞典、小学館:新選漢和辞典、大修館:漢語新辞典、 三省堂:デイリーコンサイス英和辞典、川出書房:日本/中国/西洋/故事物語、動物出版:ペット用語辞典、 実業の日本社:大人のウンチク読本、新星出版社:故事ことわざ辞典、学習研究社:故事ことわざ辞典、Canon:国語/和英/英和/漢和/電子辞典、


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